White Spring (ラバヒルです)
 


今年は暖冬の影響で
春のあれこれの訪れが早いらしい…かと思っていたら。
桜は一度“寒の戻り”を体感してからじゃあないと、
開花の時期が来たと思わないのだそうで。
花が“思う”だなんて言い回しは、
少々夢見がちな言いように聞こえるかもしれないけれど、
これはホント。
例えば菊の花は日照時間の長さを感じ取って
咲く時期を知るとかで、
それを制御すれば好みの時期に咲かせることが出来るように。
長年の研究という下敷きあって判ったこととして、
桜は徐々に暖かくなるだけでは咲かないと、
その筋では知られているとか。
あんまり寒くないまま気温が春のそれへ上がって
そのまま落ち着いてしまうと、
咲くのが遅れたり、
咲いても満開にならなかったりするんだそうで。

 “いくら苗字が桜庭だからったって。”

先日、桜がテーマになってたスペシャルドラマに出ていたため、
その番宣PRをしに、
同じ局の朝から昼までのワイドショー番組をハシゴしたおり。
どこの司会者さんからも
“桜といえば…”と似たような弄られ方をされまくり、
最後には、天気予報士のお兄さんからまで、
そんな蘊蓄まで授かってしまった1日だったので。
お陰様で桜には随分と詳しくなってしまった、
相変わらずにウケのいい二枚目アイドルさんが、
そんな会話や話題を思い出しつつ、
何へ勤しんでいるのかといえば。

 “う〜っと、あと何枚かな?”

同じ姿勢での単調な作業を、もう何時間続けていることか。
グッズや色紙へのサインは、
貰う人が書くところを見ていないような場合でも、
スタッフの代筆は断って必ず自分の手でと決めている。
そして、そういう作業がどっと増えるのが、
クリスマスとバレンタインデーと、それから…、

 “ホワイトデーなんて、誰が考えたんだよ〜っ。”

ファンクラブの会員さんたちへ送付するポートレイト。
イベントごとに毎年撮り直す新作で、しかも非売品なので、
まだ無名だった時代のものを、
いくらでも出すから欲しいとする
コレクターがいるほどとも聞いており。
そういう“レアさ加減”はともかくとして、
楽しみにしていますねという励ましのメールも
山ほどいただくからには、
頑張ろうという気持ちも高まるのだが、

 “…これって男子だよな。”

アメフト選手ですという方向性にも力を入れての、
アピールをするようになってからこっち、
男性のファンがどっと増えた。
芸能人としてのイケメンな風貌へではなく、
あの虎吉くんのように、
プレイする果敢さやジャンプとキャッチの華麗さを
讃えてくれてる方々で。
そっちの力を認めて貰えるのは嬉しいけれど、

 “確かこのホワイトデー・カードは、
  バレンタインデーのお返し限定ってことになってなかったっけ?”

クリスマスカードと、それから、
会員個々人へのバースデイカードは、
無条件に全員へと届けているが、
ホワイトデーのカードだけは、その本来の主旨にのっとり、
バレンタインデーに何か…メールでもメッセージでも、
送ってくれた人限定ということに取り決められている。
くれなきゃあげないというのではなくて、
覚えがない人へ届くのは、来年への催促に通じないかという意見が、
女性スタッフからあったため。
そうか、女性ならではの感性じゃないと判らないことなんだねと、
社長は単純に納得していたが、

 “あれって、俺への負担を減らそうと思ってくれてなんだよねぇ。”

これまた自惚れて言っているんじゃあなく、
疲労があまりに嵩むことを強いると、
後々の実働に響くので不味かろと、
そういう方向での懸念から、
オーバーワークを制してくれただけのこと。

 “…いやまあ、親切心からには違いないんでしょうけれどもね。”

ついつい話が大きく逸れましたが、
(まったくだ)
そんな“バレンタインデー”のお返しだってのに、
男性からの名が書かれた宛て名カードが
どうして堂々と交じっているのか…というと。

 『だってほら、今年は“逆チョコ”ってのが流行っていただろが。』
 『…社長、色々と間違えてますが。』

だから、男がチョコを贈るって意味でしょ?
女の子ばかりが贈り手じゃあないって事態になったのは、
そのせいじゃないの?…なんて。
どこまで本気か 微妙に勘違いしたままの社長が、
特に不審を抱かぬまま、
男性からのメッセージまで
“バレンタインデー”へのものとして受けてしまったもんだから。
今年は微妙に大変なカード作りと化しており。
しかも、

 「…………、終わったぁ。」
 「は〜い、ご苦労様vv」

デスクへ突っ伏したドル箱アイドルさんの手元から、
最後の一枚浚い取り、
事務方担当の職員たちが封筒へと詰めてる作業場へ運んでゆく。
今年のホワイトデーは土曜なので、
閏年じゃあない以上、
バレンタインデーも土曜日だったというのにね。

 “プレゼントやメッセージが多かったのは嬉しいことだけど…。”

本命の彼氏とデートにでも行ってくれたらよかったのにと、
ちょっと不謹慎ながら、仄かに恨めしかったりもして。
だって、だってさ……。

 “……………………………。”

行儀は悪かったけど、背もたれ側に体重かけて、
椅子を斜めに傾けると、ぐらぐら揺らしもって天井仰ぐ。
今日はドラマの収録予定もなかったし、
こないだの番宣のようなテレビへの顔出しもなし。
オフも同然な日だったはずが、
サインせねばならないカードが思ったより多かったと
急に通達が入っての、
さっきまでの地味な過重労働を課せられた…というわけで。

 「ごめんね、桜庭くん。男の子からのを数えそびれてて。」
 「それで、急遽 追加って事態になっちゃって。」

申し訳さなそうにねぎらいの声を掛けてくださる皆さんにも罪はない。
それに、

 「せっかくのオフ予定だったのに、
  地味な事務仕事みたいなこと、させちゃったね。」
 「ああ…いえ。」

気にしないでと微笑い返す桜庭が、
けどでも内心じゃあ がっくし来ているのは、
お仕事の地味か派手かの問題にじゃあなくて。

  ―― 今日くらいは、妖一と居たかったかな。

向こうからの連絡がないのはいつものことだし構わない。
データとしてなら覚えていても、

 “男友達の誕生日なんて、そうそう逢って祝いたいとまでは、”

思わないよな、この年になって……と、
理性じゃあ重々割り切れてることだったけど。
だけどだけど、
じゃあこっちからメールするのも…なんだか気が引けた。
あげた覚えがない人へカードが届くのは、
来年への催促に通じないかというのと、
微妙ながら同じ理屈が当てはまらないか?と思ってしまい、
それでのこと、こっちからも連絡つけられないんだもの、

 “…どんだけ腰抜けなんだろな、俺。”

妖一の強さは、時に非情なそれだけど。
決して利己的なばかりの傲慢な代物じゃあない。
冷酷な計算は、ゲーム中なら彼自身へも向けられる、
ある意味たいそう公平なものだし。
目的のためには手段は選ばないとしながらも、
懐ろへと迎え入れた対象への優しさは、
頑丈柔軟な責任感という強さに支えられた、確かなそれだし。

  ――― そう、
      人との関わりを決して厭っちゃあいなくて。
      しかもその上で、嫌われることや疎まれることへ怯まない。
      何事にも振り回されない、決して自分を見失わない、
      そりゃあそりゃあ“強い人”だから。

  “……。”

あ、やばい。
落ち込みそうかも、と。
仰向いてたところから身を起こし、
デスクの方へと傾きを戻して。
そのまま へちょりと、
頬から突っ伏してしまった桜庭だったりし。
逢ってるときはそりゃあ楽しいのに、
こうして離れてて想うときは時々切ない。
寂しいと思うからってだけなら まだマシ。
どんどん欲深になってく自分だと自覚して、
その浅ましさに地団駄踏みたくなったりもする。
そんな自分は一番イヤだと、ぎゅうと眉寄せ、
どこか痛いという振りをして。
自己嫌悪が通り過ぎるのをやり過ごす。
あらあら、桜庭くんたら、疲れちゃったのねと。
そうと思ってもらえるようにと、誤魔化すのはお手の物。
でもでもやっぱり、

 「………。」

自分の気持ちを誤魔化すのが一番大変だなぁと、
間近になったデスクのあれこれ、
視線だけで追ってみる。
地図帳に名鑑に、英和辞典に国語辞典。
電話帳とか郵便番号簿、
冠婚葬祭のマニュアル本に、
現代用語の例のアレとか、
何でか昨年末の某コミケのカタログまで、
並んでいるのを眺めやり。
そのまま視線を平面へとずらして、
さっきまで見ていたファイルを見つめる。
自分の名前とそれから、
贈る相手の名前もサインしたのに使った名簿。
こないだまで流行だった“執事スタイル”で爽やかに笑ってる写真、
果たして男の子へも、それでよかったんだろか。
アメフトのユニフォーム姿のを用意した方がよかったんじゃあ。
最後の一枚が男の子へだったんで、
そんなことをふと思ってしまった表情が…

  “…………え?”

名簿に挟まってたカードの端に気づいて強ばる。
次のページへと隠れ切ってた存在で、
付箋かしおりのようにも見えたけど、
そんなものが必要な名簿じゃあないのに?

 “あ、もしかして取りこぼしたんじゃあないか?”

名簿へ写し損ねた人のがあったんじゃあ。
はっとし身を起こしつつ、そのカードらしき存在を、
大急ぎで引っ張り出す。
だって今年のホワイトデーは土曜日だから。
外出なさってしまっては、
その日のうちに受け取れない人も出てしまう。
翌日以降に届いて、遅いとツッコミ入れられる、
そんな印象がつかぬよう、
2日前の今日、
大急ぎで不足分へのサインをと手掛けることとなったのに。
遅れるよりはいっそのこと、
1日前の金曜にでも届きますようにと奮闘だったの。
なのに、たった一人だけ届かないのは不公平。
いやさ、自分のたちの敗北に通じそうで。

 「…えと、カード、余ってたかな。」

さっき最後のをサインしたおり、
事務のお姉さんが残りも持ってったらしくって。
1枚貰わないとと立ち上がりかかった桜庭が、だが、


  ………………………………………………?


手にしたカードを見、その身をついつい凍らせてしまった。
だって、

  『ファンサービスご苦労。済んだらウチへ寄ってけ。』

隅っこにデビルバットのイラストつきの、
紛れもない誰か様からのメッセージカードじゃありませんか。
え?え? でもだって、なんでどうして。
今日の予定は突発的なものだから、
事務所のHPにも桜庭のブログサイトにも載ってはないし、
それより何より、どうやってこんなとんでもないところへ、
しかもあまりにタイムリーな間合いで、
こんなものを挟んでおけたのか。

 “……相変わらず、凄いや。”

ああ、まだまだじたばたしたって敵わない君。
やれやれだよなと、完敗のお手上げだと、
くすぐったげな苦笑が洩れた桜庭くんだったけれど。


  ―― ねえねえ、あの悪魔様って、
      用があるなら“何をおいても来い”と呼ばないかしらねぇ?


そんな可愛げへ気がつけないうちは、
そうさね、まだまだ自己嫌悪にも、何度かひたっておいでなさいなと。
同じデスクに飾られた、早咲きのスイートピーたちが、
淡い色を透かして揺れていた。





  〜Fine〜 09.03.16.


   *すいません、すぅっかりと忘れておりました。
   3月12日、桜庭くんのお誕生日でしたね。
   年代設定は相変わらず曖昧です。
   あの、現在展開中の“ワールドカップ”篇ってのは、
   春休み中の話なんでしょか。
   だったら微妙な時期かもしれないと、それも思っての“曖昧”です。
   何かアメリカチームへの偵察にも行ったらしい蛭魔さんですが。
   (で、戦闘機で戻って来てましたが)
   ラバくんのBD、
   忘れないでいて帰って来たのかなとか思ったもんで。
………夢みすぎ?
(苦笑)


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